ドクターズコラム  体外受精

当院では、体外受精に取り組み20年以上になります。2014年末で、1421人目の赤ちゃんが誕生しています。信頼して下さった患者さんといつも助けてくれるスタッフに感謝しているところです。

第1回目の体外受精の持つ特別な意味

体外受精といっても、20数年前の最初は卵子を採って精子と自然に培養し、受精したものを母親の子宮内に戻すだけのものでした。実際にやってみると受精しないご夫婦が多く、また受精しても質の悪い受精卵しか出来ない方が多く見受けられました。当時、1回目はそういった通常の方法を行い、受精が不成立だった場合に、初めて顕微授精を一部行うといった順序での治療が一般的でした。そこには患者さんをなんとか早く妊娠させてあげようと言う配慮は感じられず、「患者さん不在の医療では?」と言う見方もありました。そのため当院では22 年前の開始当初から、ご主人の精子が非常に良いのに受精卵が次の日に出来ていない方には、次の日に顕微受精を行うという方法をとって来ましたが、その方法での妊娠例が韓国で発表されてはいたものの、やはりほとんど妊娠しませんでした。

そこで更に、患者さんを妊娠させるためにはどうしたら良いのかを考えた結果、初回の患者さんには通常の方法と顕微授精を平行して行い、1回目の妊娠率を上げるという方法をとることにしました。この順序が他府県でもとられつつあります。1回目の体外受精には、精子卵子に受精能力があるのかないのかを検査する意味もあり、最初から全て顕微授精を行うわけにもいかない側面もあるからです。受精能力が認められた場合、通常の治療でも妊娠しうることがあり、普通の治療に戻れる可能性があるということになります。しかし、できた受精卵はあきらかに顕微授精を行った方が、質の良い受精卵が出来る事もこの時の経験から解ってきました。

 

当院の顕微授精に対する考え方

体外受精1回目の通常の方法(コンベンションと呼んでいますが)の方でもきれいな受精卵ができた方には2回目以降は通常の方法のみを行い、妊娠しない方には3回目以降、顕微授精主体で行うという方針で行ってきました。 従って顕微授精を頻回に行うことになり、実際に操作を一手に行っている中江良一先生には多大な負担を強いる事となり、数々の論争をしてきました。しかし結果的に延べ約2000回以上の採卵をし、その都度顕微授精を複数個の卵に行い、13000個以上の卵に顕微授精をしてきた彼の能力は、現在当院での顕微授精率80%をキープしてこられた基盤となっています。顕微授精をするときの針の運び方次第で卵子の損傷の度合いは大きく異なってきます。刺した時の卵の感触でその卵の質が良いのか悪いのかも彼には分かると言います。また現在多数の注入用の針が市販されていますが、それでは受精率が落ちるという理由から、彼はいまだに自作の針で精子を注入しています。そういった職人芸ともいえる高度な技術が顕微授精には要求されるという事です。

当院では、卵子にふれるスタッフは中江先生と私しかいません。従って、業務をこれ以上増やせない状態にありますが、増やそうとも考えていません。それは多くの人の手を介さない事によって、単純な取り違えミスが起こるのが防げるという事の他に、受精が成功したときの患者さんの喜びや、失敗したときの悲しみを直に感じて、それを原動力に仕事をしていこうと最初に決めやってきたからです。そのため中江先生は技術部門だけでなく、患者さんに治療の内容を説明する事も担当しており、同時にどの方法が患者さんに適合しているか二人で考える事にしています。従って、失敗によるプレッシャーも我々2人が直に受けます。それにより必死に改良を加えて来ざるを得なかった訳ですが、だからこそ進歩して来られたのだとも言えます。 ですから、患者さんの苦しみを直に味わい、研究を重ねてきた私達の方法に間違いはなかったと手前味噌ですが思います。

 

体外受精を行う上で困難な事

下表のような技術的な進歩はあるものの、行うほどに工夫を凝らさないと出産までには結びつかないという事を思い知らされます。つまり一番気を配るのは自然な受精でないからこそ、自然以上に健康な赤ちゃんを世の中に送り出すという事です。当院では子宮外妊娠を減少させる方法、採卵後の腹水を増加させない方法、多胎妊娠を減少させる方法、受精卵を戻す子宮内膜の正常化による着床率の向上、妊娠後の流産率を下げる方法、不育症に対する事前の予防(アスピリンや漢方だけでは不十分な場合も多い)、子宮内膜が薄い患者さんを妊娠させる方法(7mmまで妊娠されてます)、内膜症の重症度や排卵する卵胞数による排卵誘発法の選択基準など、今までの経験から色々な方法をあみだして来ました。厳しく妊娠初期を管理してきた為か、染色体異常児の発生も今のところ0%です。

数々の細やかな注意を払わないと結局赤ちゃんを得ることにはなりません。20代の卵管閉塞や精管閉塞の簡単な患者さんなら80%はすぐにでも妊娠できるでしょう。しかし問題は、卵子の質が良くない37歳以上の患者さんであり、卵子が1個ずつしか排卵されない患者さんや、精子が全く動かない精子無力症や極度の乏精子症の患者さんで、やはりかなりの注意を払って行わないと出産までたどりつくのは至難です。  今後も中江良一先生といろいろ研究し、前進していきますのでご期待ください。

 

当院の不妊治療のあゆみ

1995:顕微受精による乏精子症患者の妊娠
1996:精管閉塞患者の妊娠・凍結受精卵による妊娠
1997:アシストハッチングの全例開始
1998:精子無力症患者の妊娠
1999:凍結胚盤胞による妊娠
2000:通常胚盤胞による多胎妊娠減少
2001:2段階胚盤胞移植:凍結胚盤胞による妊娠:内膜正常化